あらゆる認知症ケアの場に、緩和ケアアプローチを/平原佐斗司

2024年4月16日
 

急増する認知症の人の緩和ケアニーズ!

認知症は緩和ケアニーズを引き起こす疾患の16.6%(西太平洋地域)(WHO Global Atlas of Palliative Care 2nd Edition 2020)を占めているとされている。しかし、それは認知症の人の死亡の原因は他の疾患にカウントされてしまい、一般的な統計に表れにくいためであり、実際はもっと多いと推定される。実際、米国のホスピスの基礎疾患では、認知症ががんを凌駕する勢いで増加してきている。日本では死亡のピークは、男性85歳、女性92歳であり、先進国では、認知症は死亡する多くの高齢者に併存し、多くの苦痛を引き起こす。 また、認知症の緩和ケアニーズは、2016年から2060年の間に、全世界で約4倍、先進国で3.07倍に増加し、その増加率や増加量はがんをしのぐと予測されている。 超高齢社会が到来している先進国においては、認知症の緩和ケアニーズが急増することは確実であるが、医療やケア、市民の意識、施策のいずれにおいてもその準備ができているとはいえない。

隠された死亡率の高さ

認知症の人は命の問題に直面しやすい。オランダの研究では、認知症高齢者の1年死亡率は男性で38.3%、女性で30.5%、5年死亡率は男性で65.4%、女性で58.5%である。一般集団と比較して、認知症の人の1年死亡の相対危険度は男性で3.94倍、女性で2.99倍であり、また、入院経験のある認知症の人の1年死亡の相対危険度は、外来に通う認知症の人に比べ3.29倍高かった。認知症がいわゆる命の危機に直面する疾患であること、認知症の人は常に死亡のリスクにさらされているという認識は一般的には薄いかもしれない。

見過ごされ、放置される苦痛  

認知症の人の苦痛はしばしば見過ごされ、認知症の人は苦痛の中に放置されやすい。 認知症の人のBPSDは苦痛として認識されていない。BPSDは、身体的な苦痛や心理的な苦痛、スピリチュアルな苦痛の現れであることが多い。例えばBPSDを認めた認知症の人の約3分の2に疼痛が認められ、その半数近くが中等度から重度の疼痛であったという報告もある。
認知症の人の急性期では、骨折による痛みや肺炎による呼吸困難など急性疾患に伴う苦痛に加え、病態と環境の変化に伴うせん妄の発症、身体拘束による苦痛などを経験する。 認知症が進行し、重度や末期認知症となると、痛みや息苦しさ、不快感などのつらさを表現できなくなる。重度や末期認知症の人の苦痛に気づいてもらえるかどうかは、周りの人の観察力にかかっている。

緩和ケアは人権!

緩和ケアが人権であるという考え方は、今世紀になって注目されている。その法的な根拠は1948年の「世界人権宣言(UDHR)」(第3回国連総会採択)に法的拘束力を与えた1966年の「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(ICESCR)」とその一般的意見第14号(2000年)に基づいている。 世界保健会議(WHO)が2014年に採択した緩和ケアに関する史上初の世界決議「世界保健総会決議WHA67.19」では、加盟国政府に、プライマリーヘルスケアと地域・在宅ケアを重視し、保健システムの中核として緩和ケアへのアクセスを向上させるよう求めている。加えて、持続可能で質の高い、利用しやすい緩和ケアシステムは、プライマリーヘルスケア、地域、在宅ケアに統合される必要があるとも述べられている。 そして、この決議の中では、緩和ケアの提供は、医療従事者の倫理的義務と考えるべきであると記載されている。つまり、疾患や年齢、場所(在宅、施設、病院)にかかわらず、必要な人に適切な緩和ケアをとどけることは国や地方自治体の責務であり、医療や介護にかかわる専門職の倫理的な義務なのである。

今こそ、緩和ケアアプローチと緩和ケアの普及を!

緩和ケアは、がんから、非がん疾患、小児へとその対象を広げてきた。そして、近年先進国では緩和ケアの最大のニーズが認知症であると認識されてきている。 緩和ケアは、認知症ケアにかかわるすべての専門職に求められる「緩和ケア・アプローチ」一般医・非専門的な支援体制で行われる「プライマリ・緩和ケア」複雑なニーズを持った人、あるいは家族に対しては行われる、専門的な支援体制で行われる「専門的緩和ケア」に分けられる。

「緩和ケアアプローチ」は、認知症のケアに携わる者に常に求められる態度や考え方であり、パーソンセンタードケアの考え方と通じるものと考える。在宅や施設、病院などの場にかかわらず、すべての医療や介護の専門職が緩和ケアアプローチの考え方をもち、認知症の人と家族の旅路を支援することが求められている。つまり、わが国のあらゆる認知症ケアの場に緩和ケアアプローチが定着することがまず必要である。 さらに、認知症の人にみられる一般的なつらさに対応できるプライマリ・緩和ケアとは何か、認知症の人にみられる専門的な緩和ケアとは何かについて、十分議論を重ね、それらが切れ目なく提供できるあり方を提言していくのも、この学会の重要な役割であろう。

平原佐斗司(ひらはら・さとし)
東京ふれあい医療生活協同組合研修・研究センター
オレンジほっとクリニック地域連携型認知症疾患医療センター