お知らせ・コラム
「認知症の人の緩和ケア学会」が目標とするところ/鈴木みずえ
超高齢社会を迎え、急増する認知症に関する課題にいかに向き合うかは社会的な喫緊の課題でもあります。緩和ケアというと癌の患者さんを対象とする医療・ケアを考えがちですが、欧米では非がん患者、後期高齢者の緩和ケアニーズが急増しています。特に認知症の緩和ケアのニーズは世界で 4 倍近く、先進国でも 3 倍以上増加すること、特に日本などの東アジア地域で急増すると言われています。欧州においては、 1990 年代に、従来がんを対象としていた緩和ケアを、がん以外の領域の疾病や状態、苦痛をもつ人たちを対象としたケアにも拡大し、認知症の緩和ケアの主要一部となっています。
認知症とは一度獲得した知能が、後天的に脳や身体疾患を原因として慢性的に低下を来たし、社会生活や家庭生活に影響を及ぼしています。ほとんどの認知症はがんのように予後が明確ではない上、私たちが想像する以上に認知症の人はさまざま症状や合併症に苦しんでおり、初期から重度のすべての認知症の各ステージの緩和ケアが必要とされています。社会が認知症の人を何も分からない人という間違った認識もあり、認知症初期では認知症の診断や認知機能の低下に伴うスピリチュアルペインが深刻です。そのためにその苦痛を家族や周囲の人にも訴えにくく認知症の行動心理症状(BPSD)に発展しやすく、認知症の人の生きる意欲を喪失させています。
認知症の進行とともに記憶障害や実行機能障害の低下に関連したBPSDが出現しますが、BPSDは合併症の増悪や身体的苦痛のサインでもあるのですが、それが上手く理解できず解決できない場合には、最愛の家族の苦しみにもなっています。中等度認知症ではせん妄、転倒・骨折、嚥下障害、肺炎など身体合併症の頻度が増加しますが、せん妄、肺炎、発熱、摂食障害を起こしやすく、その死亡率は高いのです。重度の認知症では疼痛、摂食障害、呼吸器感染症や泌尿器感染症などの合併症に苦しむ等、進行がんや重症心不全を患う患者と同様、予後不良な状態でもあります。
認知症の人が主体的に生きるためには、単に認知症に伴う認知機能障害を支援するだけではなく、疾病の軌跡を踏まえながら付随する身体的・精神的苦痛に対する対応、本人の想いや意思を聴いたり、言語的な訴えができない場合の本人の視点からの心理的な課題、家族への支援を包括的に対応する必要があります。そのためには認知症に関する社会の偏見や医療やケアの価値観を含めて、認知症の人の心身の苦痛やスピリチュアルペインをめざした認知症の緩和ケアが必要とされています。
以上から本学会は、会員の皆様とともに下記を目標としています。
- 認知症の人のスピリチュアリティとそのケア方法の確立:認知症の人が尊厳を守るためのスピリチュアルペインとスピリチュアルケア
- 緩和ケア方法の確立:認知症の人を中心としたBPSDとせん妄、さらに多疾患併存の認知症の人が最期まで穏やかに過ごすための緩和ケア(治療・ケア)
- エンドオブライフケアの確立:認知症の人の自律性を守るための社会生活から最期の治療・ケアに関する意思決定支援
鈴木みずえ(すずき・みずえ)
浜松医科大学臨床看護学講座